瓦礫だと思っていた足元が、急に発光し始めた。
数式のような図形──いや、もっと曖昧な、
「記号未満の予測線」が、床から立ち上がる。
そう言ったのは、君のパートナーだ。同行者として選ばれた──けれど、まだ互いをよく知らない。
エレベーターが止まる。扉が開くが、そこに階はなかった。
床のない空間、吹き抜けに浮いた“発光するドア”が一つだけ。
セイラは慣れた様子で、扉の縁をまたぎ、まるで飛び石のように空間に踏み出していく。
根拠はない。けど──今は、信じるしかない。
ようやく辿り着いた通路は、駅のようでもあり、工事現場のようでもあった。
半分埋まった看板に「転送指令:Void_Protocol_2」とだけ刻まれている。
通路の左右には、パステルカラーのホログラムが浮かび、数式に似た落書きが重なり、宙に浮く「Do Not Discard Memory(記憶を廃棄しないで)」のステッカーが32ヶ国語で貼られていた。
進行方向の床には、ホログラムの床板が不規則に設置されている。
一枚だけ、中国語とラテン語とC++で書かれたメモリ管理エラーが表示されていた。
「void* m = realloc(記憶, 無限);\nif (!m) throw \"観測者が多すぎます\";」
ペンギンが君の前で、さりげなく光を放つ。
──君たちは今、VOIDの構造不明のエントリーポイントにいる。
迷路のようで、どこも出口のようで、何が目的だったかも少しずつ曖昧になる。
瓦礫を抜けた先、君たちは屋内市場跡のような場所に足を踏み入れた。
だが、「跡」ではなかった。
そこには確かに“生きている”人間たちがいた。
子供を肩に乗せた視線の定まらない老婆
軽快に会話するが、言語が統一されていない群像
錆びた台車で真空管構文を売っている男
ペンキで塗り直されたホログラム掲示板の「通行許可証」
音もある。 ──というか、音が多すぎる。
古いラジオから陽翔の声が断片的に流れ
「今夜のVOIDレートは混戦状態!」と叫ぶレポレッロの録音広告
そして床下からの金属の唸り。定期的な震動
屋台と制御盤のちょうど中間、君が立ち止まったそのとき── 背中に、ひやりとした気配が走る。
すれ違った男が、肩から爪先までびっしりとサイケな入れ墨を刻みながら、空を見るでもなく、君に話しかけるでもなく、ただ口の中で何かを繰り返していた。
「……傷口に記録を塗れ。忘れた痛みは、他人の鍵になる……
……構文を忘れた日、言葉は“骨”だけになる……
……正しい通路は、“通れなかった方”の隣にある……」
君が目を向けたときには、その男はすでに屋台の裏に消えていた。
まるで、あの言葉だけが空気に滞留しているかのように。
セイラが、ほんの一瞬だけ足を止めて、言う。
君は思わず立ち止まり、背後の視線にビクリとする。
振り返ると、肩をすくめた セイラがすでに人ごみをかき分けて進んでいた。
焦ってその背中を追いかける。
通路の突き当たりに、2つの異常が存在していた。
◆ 左:青白い火花を散らす制御盤
むき出しの配線。
周囲のホログラムに“経路分岐予測図”が断片的に表示されている。
ルート案内か、あるいはVOIDの可変階層を制御する端末かもしれない。
セイラが制御盤を指差して言う。
◆ 右:湯気を上げる屋台
明らかに非合法な火元。電源は通ってないはずなのに、鉄板が熱い。
湯気の向こうから、黒い前掛けを締めた坊主頭の男が君を見ている。
彼はまるで屋台そのものに宿る式神のように、ゆっくりと言った。
「食うか?それとも……どこが通れるか、教えてやろうか?」
──君は、選ばなければならない。