木蘭に「翻訳依頼」が届いた。
依頼者は、とある外国人女性。
亡くなった祖母が日本に残したという、手書きの手紙を翻訳してほしいという。

ざらついた紙に、万年筆のにじみ。
旧字体まじりで達筆。戦前の言葉だ。
内容を少し読み解いたが──違和感があった。

「これはただの手紙じゃない。
“ある記憶を封じる構文”として書かれてる気がする」

私は藤本に回すか迷ったが、
「言語コードが混ざりすぎてる」と逃げられた。
あいつは最近、VOIDの連中に首突っ込んでて忙しいらしい。


仕方なく、私はVOIDの構文士ネットワークに外注をかけた。
応じたのは、「ルネ」の名で登録されている、
構文士──月代ルネだった。

ルネは翻訳を始める前に、ただ手紙を一瞥し、
ペンを握らず、うっかり口を開いた。

「……この手紙には“泣いてはいけない”と書いてあるのに、
読むたびに、感情が滲み出る。
これは記憶を封じた呪文じゃなくて、
逆に“開く鍵”だね。」

翻訳文を渡す代わりに、
ルネは“対訳構文”を納品してきた。


原文:「次の冬が来る前に、あなたは夢を忘れてしまうでしょう」
構文訳:「それでも私は、あなたが夢を見ていたことを、
 覚えていたいと思っています」


クライアントは驚いていた。
「翻訳ではない」と説明すると、少し戸惑っていたが、
数日後、こう言ってくれた。

「これは、祖母の気持ちよりも──
いまの私が、やっと向き合える言葉です」


その夜──
藤本がまた背後から現れて、香封銀器の匂いを漂わせながら言った。

「ルネ、記憶を“掘る”っていうより、
“撫でる”タイプなんだよね。
致命的に優しいんだよ、あの子は」

それを「悪い」と言うあたり、
お前の人間性は致命的に歪んでいる。


🐧木蘭ペンギンが、ボードに落書きのような文字を浮かべる。

【翻訳家という名の記憶破壊装置】
【優しさは劇薬です】
【VOID価格:2割増】

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