供養する記憶
依頼されたのは、通訳翻訳。
──と見せかけた、“供養”だった。
差し出されたのは古い手紙と日記。
書いたのは本人。
でもこう言った。
「これは、もう自分じゃないんです。訳して、新しくしてください」
内容は、恋人への懺悔、親への嘘、逃げ口上、自己憐憫。
筆跡は、確かに彼のものだった。
だがそれを「終わらせたい」と言った。
私は翻訳ではなく、構文に落とし直すことを選んだ。
言葉の背景、震えた声、沈黙の意味をすくい、
“他者の声”として編集する。
翻訳は終えた。
でも、声はまだそこに残っていた。
私は、そのデータを持って玄慧の元へ向かった。
無為区と木蘭区をゆるく往復する、供養専門の構文坊主。
表の肩書きは「仏語通訳・構文士クリーナーだ。
彼は言った。
「破棄じゃ供養にならん。“意味”を付けてから、静かに沈めるんだよ」
そして、仏教語のフレーズを混ぜながら、構文を読み上げた。
声は、やがて煙のように記憶から抜けた。
依頼者の目には、安堵が浮かんでいた。
🌒その夜。
記憶構文士・藤本は、来客用のソファで寝転がって言った。
「俺も供養してくれよ。香坂、昔の俺の告白音声、どっかにあったらさぁ……」
「なにそれ、誰にだよ」
と聞き返すと、
「忘れたフリしてんのがいちばん効くの、わかってるでしょ?」
とぼけた顔でウインクしてきた。
この男、昼も夜も記憶をなめてる。
🐧木蘭ペンギンのホログラムがボードに浮かぶ。
【供養=フロント業務に含まれません】
【でも主任が勝手にやる】
【坊主は外注費請求済み】…ちな、録音データも控え保存済み(秘)