この手紙、あなた宛じゃないですか?
午後12時07分、翻訳業務。
封筒に差出人の記名なし。文面は丁寧で、どこか古い形式の日本語だった。
依頼は「英語への翻訳」。
ただし、受取人が不明とのことで、仮に “A氏宛” ということにしておくとのこと。
翻訳中、違和感があった。
呼びかけの文体、文末の癖。
どこかで見たことがあるような、と思ったとき、
用紙の裏に──**「主任」**という走り書きがあった。
椅子の横で木蘭ペンギンが停止。ホログラムが一度だけ点滅。
🐧「主任、翻訳費請求しときます?自分宛でも。」
そのまま背中を向けてフェードアウト。
机の上には、いつの間にか梅の香りがうっすらと漂っていた。
午後、藤本が勝手に茶を淹れて部屋に入ってきた。
カップを2つ置いて、何も言わずに出ていこうとしたので問いかけた。
「この手紙、藤本……お前じゃないよな」
「違うよ。俺ならもっと面倒くさい文体にするし、
それに、“あなたが読んでも、たぶん意味ないですよ”って書く。ほら、優しさゼロ」
返事は軽かったが、机にあったペンのキャップが外れていた。
インクは使われた痕跡なし。
翻訳は依頼通り完了。
ただし、訳文には“意訳”と記し、誤解を避けるための注釈を多く加えた。
誰に読まれるか分からないものを、“意味を保ったまま遠ざける”構文で処理。
📎備考:
“たとえ宛先が自分だったとしても、
その言葉を受け取る資格があるとは限らない。”