陽翔が来た。
日中の木蘭研究所に、あいつが入ってくることは珍しい。
彼はいつも夜のVOIDで動く構文士。
眩しげに目を細めながら、カウンター席に腰掛けた。

「香坂ぁ……“記憶翻訳”って、いつから始めたっけ?」

第一声がそれだった。


陽翔が持ってきたのは、手帳の切れ端
かつて自分が書いたもので、内容を覚えていないという。
だが、そこには確かに彼の文字でこうあった。

「この名前を、最後に誰かに託せば、記憶は燃え尽きる」

「……見覚えも、聞き覚えもない」と彼は言う。


私はその紙を、藤本に見せることもなく、
木蘭ペンギンの手元ホログラムに置いた。
ペンギンは無言で数秒眺め、
やがて、辛辣なツンデレ口調で表示した。

【お前が消したんだろ。
誰かのせいにしてんじゃねえ。】


陽翔は、笑った。

「あはは、……いいな、このペンギン。
ねえ主任、忘れたい記憶と、思い出せない記憶、
どっちのほうが罪深いと思う?」

私は答えず、ホットコーヒーを差し出した。

「どっちでもない。
“記憶を他人に翻訳させようとしてる時点で、
それはもう自分のものじゃない”」


陽翔は最後に、VOID用のログインキーを香坂に渡した。

「これ、あの子──璃姑娘の案件用。
VOIDの方で妙な反応が出てた。昼木蘭から見てもらえる?」

あいつは今日、完全に“業務協力者”の顔だった。
たまにはマジメな陽翔も悪くない。


🐧木蘭ペンギンが、うっすら笑ったように表示した。

【記憶の翻訳代:VOID側請求】
【構文士陽翔、昼の空気に馴染まず】
【コーヒー代:未払い】

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