翻訳依頼:英語(遺稿)
午後1時44分、翻訳業務。
依頼主は、亡くなった祖父の手帳を持参。
アメリカ駐在中に書かれたもので、言語は英語。
だが、文法・綴りが混在しており、
機械翻訳では読み解けなかったという。
香坂が確認したところ、
文法は確かに崩れている。だが、それは誤りではなかった。
例:「I had wake up in dream and she smile at me.」
文法的には非文。しかし、香坂はそこに
“夢の中で目覚めて彼女が笑った”という記憶の構造を読み取った。
「翻訳じゃなくて、これは“回想文の記憶処理”だよ」
そう呟いた瞬間、
藤本が椅子の背に逆さに腰かけながら言った:
「そういう文章ってさ、
“誰にも届かないって前提で書かれてる”から純度高いんだよね」
「つまり、“読み解かれるつもりがない文章”なんだよ」
「香坂、そういうの好きでしょ?」
藤本は最後まで原文には触れなかった。
ただ、香坂の訳文をじっと眺めて、
最後の一文に赤ペンでこう書いた:
“Maybe you read this, or maybe you remember me instead.”
納品後、ペンギンがホログラムでコメント:
🐧「主任、これは翻訳じゃなくて、盗聴ですよ」
🐧「でもまあ、盗聴しても誰も咎めない相手って、
だいたいもうこの世にいないんですよね」
(※すぐに「そういうことじゃありません」と取り消し線が引かれた)
📎備考:
“外国語の翻訳依頼は、たまに“記憶の発掘依頼”にすり替わる。
主語がブレてる時ほど、その人の記憶は深い。”