声のない翻訳
昼木蘭。
扉を叩いたのは、通訳依頼──ではなかった。
それは、ある外国語の音声だった。
喋っているのは本人。
でも、「これは何を言ってるのか訳してほしい」と差し出された。
曰く、
「私はもうこの声を“自分”と思いたくない」と。
本人が、かつての自分の声を録音していた。
恋人への愚かな懺悔、母への嘘、上司への媚び。
どれも“自分”の声だった。
けれど彼女は、もうその自分を終わらせたくなったのだ。
そこで私は、
その録音音声に翻訳という名の供養を与えることにした。
記録媒体を再生しながら、翻訳ではなく、構文に落とし直す。
意図、心象、声の震え、語尾の癖。
すべてを分解し、新しい意味に編み直す。
翻訳は完了。
原音は破棄。
彼女は帰り際、涙を流しながら笑っていた。
「翻訳って、成仏なんですね」
記憶構文士・藤本はその夜、机に頬を乗せてぼやいた。
「声を残すってのは、罪深いねぇ。香坂……俺の昔の声、どっかにあったら消してくれよ……酔って歌ってたやつ」
俺は無視した。
お香の匂いが強すぎる。
香水かと思ったら、銀のカプセルから香がもれていた。
あの男、昼も夜も記憶を吸っている。
🐧木蘭ペンギンは、机の上でホログラムをちらつかせてきた。
【翻訳=口実】
【依頼=懺悔】
【主任=住職】…黙ってやっとけ(照)