“ごめんなさい”のつづりが毎回ちがう
午前9時51分、翻訳依頼受付。
依頼されたのは、子どもが書いた手紙の英訳。
紙は大きく折られており、クレヨンで描かれた絵と、
その下に数行のひらがなが並んでいた。
「この手紙を訳して、相手の国のご家族に渡したいんです」
差出人は8歳。
宛先は、亡くなった友だちの家族だった。
文面は短かった。
だが、“ごめんなさい”という単語が、3回出てきて、3回ともつづりが違っていた。
1回目は「ごめなさい」、2回目は「ごめんねさい」、最後は「ごめなさし」。
誤字は、訂正しなかった。
訳文には、元のつづりのままローマ字で併記。
本文には、“子どもが心から書いたものであること”を明記しておいた。
木蘭ペンギンが封筒にインデックスを貼っていた。
ホログラム表示:
🐧「主任、今さらだけど、
“ごめんなさい”って何語ですかね?」
香坂は応えず、そっと封筒を返した。
午後、藤本が香水みたいな匂いをさせて部屋に来た。
封筒の上を一瞥して、
「その“間違い”、訳すなら俺は“正直さ”って訳すな」
そう言って、煙草の代わりにカカオキャンディを口に放り込み、
何もせずに出ていった。
📎備考:
“言葉を覚えるより先に、
人は「ごめんなさい」を学ぶ。
だからたぶん、それがいちばん“うまく言えない”。”