この日記、“誰”が書くんでしょうか
午後2時47分、文書作成依頼。
形式:日記代筆。
依頼者本人からの情報は少なく、文面には以下の指示のみ。
「この時期の私は、ほとんど何も覚えていません。
でも“なかったこと”にしたくないので、
“あったこと”として書いてもらえませんか?」
資料として、いくつかの写真と、
破れかけたメモ帳の断片が同封されていた。
日付、地名、いくつかの短い単語──
「風」「濡れてた」「逃げた」「知らない人の声」。
香坂は、それらを元に“あったかもしれない日々”の記録を組み立てた。
あえて第三者視点の地の文で構成。
天候や風景を多めに描写し、主語は曖昧に保つ。
木蘭ペンギンが、机の脚に座り込むように表示。
ホログラムには一言だけ。
🐧「主任、それって“記録”じゃなくて“供養”って言うんじゃない?」
ペンギンはそのまま香坂の椅子の下から動かなくなった。
藤本は勝手に部屋の匂いを柑橘系に変えていて、
書類の隅にこんな走り書きをしていた:
「この日記は、未来から見れば“空白”だけど、
その瞬間の本人には“世界そのもの”だったかもしれない」
墨で書いたような筆跡だった。捨てずに封筒に戻しておいた。
📎備考:
“人が覚えていない日々にも、
風は吹いて、何かが流れていた。
その記憶を借りて書いた言葉が、
本人にとっての“初めての記録”になることもある。”